うまれましたよ
あけましておめでとうございます!鬼は外福は内!
我が輩のブログ、大幅な空白の時が流れてますが、それは夏に出産していたからです。お嬢が寝た一瞬だけが私の自由時間です。
その隙をねらって、妊娠出産をふりかえりたいと思います。
痛いとは聞いていたが、これほどとは思わなかった。正直なめていた。
後にも先にもこんな痛みと苦しみはもうないだろう。
例えようもないのだが、しいていえば骨盤が中から爆裂するような痛みとでも言っておこう。男だったら死んでると思う。
2008年7月10日
AM 1:30 重い生理痛のような痛みが10分間隔にくる。3日前も同じ痛みがきて入院したものの、ただの前駆陣痛だったらしく痛みが遠のいてしまい家に帰されたので、今回はじっと耐えてみる。
AM 3:00 どんどん痛みが強くなり、間隔も5分おき。「こ、これはついにきたか!?」寝ている夫を起こして病院に電話。荷物をもってタクシーにのる。
病院について陣痛の強さをはかると、まあ結構なご様子で。子宮口は3cm開いているという。するする事が運ぶかと思いきや、ここからが長かった。夫に入院手続きをしてもらい、私は分娩室にはいる。とにかく痛い。まだ初期の段階でこの痛さなら、子宮口が全開になるころにはどうなっているのか想像もつかない。ヘタレな私は助産師さんに「ひいぃい、もうおなかきってくださいぃぃ」と泣きつくが、「あはは何言ってるの、まだまだこれからよ。気をしっかりもって!」と笑い飛ばされる。「この調子なら産まれるの昼くらいかな〜」ってまだ午前4時ですよ!?耐えられそうにない…。「ちょっと寝たら?いい波がくるかもよ」とあっさり言われるが、波ってなんだよこちとらサーファーじゃねんだよと心の中で悪態をつく。痛くて寝てられないのです、横になると痛みに体を占拠されてしまうのです。座って腰を押してもらうほうがまだなんぼか痛みをごまかせる。夫に腰を押してもらう。
これから出産に立ち会う男性にワンポイントアドバイス!
1. 腰を押してといわれたらそっと優しく押してはいけません、鬱陶しがられるだけです。さあ遠慮なく全力で押してあげてください。己の指で嫁の骨盤わってやる、くらいの勢いで。
2. あとガンバレ!って言わないでください。言われなくてももう十二分にがんばってます。命かけてます。とにかく奥様を最大限の言葉でねぎらい賞賛しましょう。
とはいえそばで見ている男性は「がんばれ」としか言いようがないのだろう。が、あまりに言われるのでキレた。「もうがんばってるよ!もっと私を褒めろ!」…暴君。むちゃだ。あんまりだ。夫は困っていた。すまん。
そうこうしているうちに夜があけて空が明るくなってきた。痛みは膠着状態。子宮口もかわらず。のんきに朝ご飯が運ばれてきた。「食べないともたないよー」と助産師さん。食えるか!!はっきりいってこの痛みの前にはアロマオイルとかリラックスするCDとかなんの役にもたたない。ただただ耐えるしかない。
AM 9:00をまわっても状態が変わらない。先生が見に来て、「んー、促進剤つかう?」と聞く。そ、そんなあ。できるだけ自力で産みたい、陣痛促進剤なんてめっそうもないと出産前は思っていたが、あまりの痛みと体力の消耗に信念がゆらぐ。11時になっても状態が変わらなければ使う、ということにする。
その後もはだしのゲンみたいにギギギ…とのたうちまわるばかりで子宮口がなかなか開かない。まだまだこれからなのに体力がもうない。へとへと。
AM11:00 陣痛促進剤投入。促進剤の説明書がわたされるが読む余裕などない。最小限から投与するので大丈夫という助産師さんの言葉を信じて点滴が打たれる。ああ、ついにやっちまった、ドーピングしちまった…と無念さにかられながら点滴をみつめる。
しばらくすると今までとは明らかに違うビッグウェーブがきた!もう痛いとか苦しいといった表現では追いつかない。例えるなら、お腹の中のど根性ガエルがピョコンペタンピッタンコ!…ちょっと違うか。野蛮というか原始的というか、とにかく私の想像をはるかに超えていた。「自然なお産」とかどうでもいいです。無痛分娩もしくは帝王切開を選択しなかった自分を呪ったね。あまりの痛さに、先生や助産師さんの腕を思い切りつかんだことは覚えている。青竹を割るくらいとかいいますね。
助産師さんに、この期におよんでアロマオイルはラベンダーがいいかグレープフルーツがいいかと聞かれたが、本当にどうでもよかった。それどころではない、もうにおいを感じられないのだ。「ラ、ラベンダー…」とこたえている自分がなんだかおかしかった。
子宮口全開まであと少しなのだが、吐き気はするは手足はしびれてくるわでもうシッチャカメッチャカ。
PM0:00 分娩室にわらわらと人が増えてきた。今まで横になっていたベッドがトランスフォーマーみたいに分娩台に早変わり。天井がぱかっと割れて照明がとびだしてきた。どうやら子宮口が全開になったらしく、いきんでいいという。一般的には子宮口が全開になるまでが大変で、その後は意外と楽だというのを聞いていたが、私の場合はそうは問屋がおろさなかった。破水しなかったのでお医者さんが「破膜しまーす」といって卵膜を破り、私は痛みのリズムにあわせていきんだ。思わず目をつむってしまうのだがそのたびに「目を開けておへそ見て!」と言われるが、分娩台の足の高さや位置が私にあわず、うまくいきめない。
手足のしびれを訴えると酸素マスクがつけられた。本当に何がなんだかわけがわからなくなる。
何回いきんだだろうか、胎児の心拍数が150前後あったのが60くらいになった。ピーピーとアラートが鳴る。胎児の心音が低下し、大変危険だという。Dr.上野は「吸引します」と冷静に宣言し、ばっさり会陰切開。ああもうどうにでもしてください。吸引するもうまくでてこないのか、Dr.上野はそばにいた夫を押しのけ、ひらりと私にまたがり腹を押すではないか!おいおいおい!!のってるよ〜!!!大の男の医者が2人がかりで押すは引くはで、あんたらめちゃくちゃや!!!!と絶叫しそうになる。まさに拷問。ナチスってこんなですか?噂にはきいていたが、まさか自分がお腹をおされるとは。
そうしてもういきまなくていいといわれた。ようやく体から力をぬく。全身汗だく。どうやら赤ちゃんの頭がでてきたらしい。ここらへんの記憶がおぼろげで、うまれたんだー!という思いよりも先に「やっと終わった、解放されたー!」と思った。
そしてPM3:41、女の子が産まれました。後産のこともおぼえていない。とにかくもう精も根も尽き果てた。真っ白い灰になりました。担当した2人の医師が「いやあ、すごかったね」と言っていた。
赤ちゃんはニャアニャア泣いて、体をふかれたり体重をはかられたりしている。夫は「うまれたよう。ううう」と男泣き。私は呆然と天井をみつめるばかりだ。助産師さんが赤ちゃんをタオルにくるんで連れてきてくれたので、おそるおそるなでてみる。ふやけてしわくちゃな女の子は、おっぱいをすってくれた。めちゃくちゃかわいい〜!
休むようにいわれたが、産後ハイなのか体は猛烈に疲れているのに寝れない。どれくらいハイかというと、世界中の人々が私たちの家族のように思えるくらいハイでした。担当してくれた助産師さんにぺらぺらととりとめのないことを話す。
ああ無事に産まれてよかった。痛みと14時間も格闘したかいがあるってものだ。少し時間がたってからようやく産まれたことを実感し、じわあっと、それからどおっと涙があふれた。(つづく)
カテゴリー "お子"
投稿者:miyako |
日時:20:17



