2007.01.24
レーシックを受けて10日あまり、目の悪い人をみつけては自慢しています。ただ、夜は街灯の光のまわりがぼんやり丸くにじんで見えます。これはレーザーを照射した部分と、そうでない部分とで光が乱屈折することで起こる「ハロ、グレア」という現象だそうです。半年ほどで改善もしくは気にならなくなるという話は聞きますが、私の場合は今のところそれほど気になるものではありません。
昼夜に関わらず、パソコンやテレビの画面、車のライトは以前よりまぶしく感じるし、近くのものを見るのは疲れやすいです。また、手術前にドライアイになりやすいことも言及されましたが、これに関しては全く気になりません。コンタクトレンズをしてモニタを見ていた時は、あまりの目の乾きに目薬をしこたまさしていたので、それに比べれば現在は楽です。
それにしてもコンタクトレンズをしていたことを今ふりかえると、目の負担が大変なものだったと言えます。モニタを見ていることが多い日は、1日4〜5時間つけているともうシバシバしてきて眼鏡にかえていました。眼鏡は楽ですが、寝ながらテレビなどを見ていると、フレームの耳のあたりが曲がったり、眼鏡が置いてあるのが見えずに踏みつけてしまったり。とにかく困るのは、風呂や水泳などの時にコンタクトをつけているのも不安だし、かといって眼鏡だと曇るし、温泉の良い眺めも見れやしないといったジレンマを常に抱えていました。そのあたりの解消は、視力の良い人からみれば至極当然なことですが、20年あまり眼鏡等とつきあってきた人間からすると革命的な変化です。運転免許を見るたびに、次回の更新からは「眼鏡等」の記載が消えることを想像してはほくそ笑んでいます。
2007.01.22
先日行った1週間後検診は、1点を除けば翌日検診と全く変わらないものでした。
視力検査と診察が軽く済み、新しい目薬をもらうのをまっていると名前をよばれ、小さく4つに仕切られたスペースに招かれます。なんの話がされるのかと思うと、私の目の前に座った中年女性は「紹介制度についてご存知ですか?」と切り出しました。彼女が説明した内容は、知人を紹介するとその知人は手術台が1万円割引になり、紹介した本人には3万円がキャッシュバックされる、とのことでした。病院なのに紹介制度とは下衆な話だ、と思いつつ話を聞き流していると、今すぐ紹介したい知人の名前と、自身の口座番号を書くようにと書類をつきつけられたので、完全に興ざめした私は、特に紹介する人間がいないという旨を告げ彼女のもとを去りました。
こういう制度はやりたい人はやればいいと思いますが、わざわざ別室によんでその場で名前を書かせようとするのはいかがなものかと思います。ますます紹介したくなくなります。
2007.01.21
翌日、検診を受けに再びクリニックへ。平日にもかかわらず多数の人がいて、こんなにレーシックをうけた人がいるのかと感心しました。中年男性が多いことが意外でした。
術後の視力は0.03から1.5まであがりました。強かった乱視も矯正できているそうです。少しぼんやりしていると訴えると、3カ月くらいはまだ視力が安定していないだけで問題ないということです。
診察がおわると小さく仕切られたスペースに呼ばれ、提携のクリニックが数カ所あるので、次回からはそちらに行くようにといわれましたが、最寄りのクリニックがなかったので同じ病院に通うことにしました。このクリニックは、検査、手術、検診とも異なる医師が担当するだけでなく、それぞれ別の場所にあるクリニックで行うのですが、それも患者から見れば理解に苦しみます。値段が安いというだけでこの病院を選んだので、もっと医師の顔が見える医療を受けたい方には正直言っておすすめできません。ただ、実際視力も改善しているし、とくに今のところ合併症もないのでそういった意味では目的を達成できていると思います。
今回かかった費用は18万8000円(手術、その後の検診代、目薬代含む)+診断書5000円の合計19万3000円。自身が入っている保険会社に「レーザー角膜屈折矯正手術」という名目で請求すると手術給付金15万円が支払われるので、実際は4万3000円でレーシックを受けたことになります。酸素透過性の良いコンタクトレンズが両目で4〜5万、眼鏡をつくるとしてフレームもそれなりのものを買うと3〜5万円と見積もると、コンタクトレンズの手入れの煩わしさ、異物感、ドライアイから解放されることなどを鑑みても決して高くないと思います。今後私の目にどのような変化が訪れるかは未知ですが、現時点で裸眼でクリアに見える、その事実だけで今回の手術は成功だったといえるでしょう。
2007.01.17
20分ほど休むと診察をうけ、手術はとてもうまくいったと言われました。先にもらった保護用サングラスをかけ病院をあとにします。病院を出て3〜4時間は、激痛というわけではありませんが、合わないハードコンタクトレンズを長時間つけていてさらにそこにゴミが入ったようなゴロゴロした異物感は強くありました。手術当日の注意事項としては
・ 手術後4時間は寝てはいけない(なるべくまばたきをして酸素をとりこむため)
・ 食事制限はないが、アルコールは一週間飲めない
・ たばこは翌日から可
・ 化粧は翌日からファンデーションのみ可。アイメイクは1週間後から
・ 入浴・洗顔は不可。問題がなければ翌日から可
・ テレビ・読書・パソコンはだめ。翌日から疲れない程度なら可。
・ 運転や仕事は2日目以降から可。
・ 運動は1週間後から可。ただしプールは1カ月後、ダイビングは3カ月後
日頃いかに目を酷使していたかをぼんやりと考えながらこたつに入ってだらけていました。3種類の目薬を点眼する以外することもないので、夜は9時前に寝ました。寝ている時に目を触ったりしないように、プラスチックの眼帯をつけます。もらったテープで眼帯を顔にはりつけると、極めて醜悪な就寝スタイルのできあがりです。手術直後ほどではないですが、まだ異物感は強く残っていました。翌日は検診です。(つづく)
2007.01.16
ご無沙汰しておりましたが「sex & the city」シーズン1〜6までコンプリートしていただけではありません。ついに新年早々レーシックを決行しました。
適応検査をしたのはおよそ3カ月前、その間さまざまな情報を調べ頭でっかちになりながら悶々と検討を重ねた結果、やはり私には眼鏡よりコンタクトより裸眼の視力が必要であると決断しました。今回は手術からその後の経過を詳細にレポートしたいと思います。視力に悩む若人の参考になれば幸いです。
手術当日。特に緊張もなくクリニックに行くと、まず会計で手術代金+診断書代を払いました。まだ手術もやっていないのにと多少のとまどいを覚えましたが、術後だと視力が完全に回復していないため、視界がクリアなうちに会計を済ませておくほうがよいのだろうと思い直しました。その後、別室で術後の注意事項や目薬の説明、保護サングラスを受け取ります。そして医者の顔写真と名前の書いてある紙を渡され、今日の手術は彼らのうちの誰かが行います、という曖昧な発言をされます。その紙には十数人の医師がならんでいるのですが、手術一時間前なのに誰が私の目にメスをいれるのかが定かでない、というクリニックのシステムに不信感を覚えました。しかし今さらあとにはひけないので、受付にもどって普段読まないギャル雑誌を貪るように読んで心を落ち着けました。ギャル達の「見た目 命!」の姿勢に小さな胸をふるわせていると、前回の検査結果と誤差がないかを検査するため名前を呼ばれました。相変わらずド乱視ド近眼と烙印を押され、すごすごと受付にもどり再びギャル雑誌にかぶりつくこと数十分、ついに手術の控え室に呼ばれました。不織布のようなキャップと割烹着のようなものを着せられた人々が集う薄暗い控え室に連れて行かれ、私も同じような格好をして椅子に座ると麻酔の点眼をされます。間違いのないよう名札を首からぶらさげます。同室の人は次々と名前をよばれて手術室に連れて行かれます。ここはアウシュビッツ?まるで処刑される気分です。
そしてついに私の名がよばれ、フラップをつくるための手術室に入ります。医師一人と看護士2人に気さくに挨拶をされるのですが、緊張してとてもカジュアルに挨拶できません。自分の名前を名乗って手術台に横になり、麻酔が効いている事を確認されると、眼球をぐっと固定する器具をつけられフラップをつくるための装置が顔に近づきます。器具も痛ければ装置による圧迫もいやな感じで、とにかく終わるのをひたすら耐えます。両目に渦巻きのような残像がぐるぐるとちらついていると思うと、徐々に暗くなり「あ、目が見えなくなる・・・!」と体がこわばりました。緊張しすぎて過呼吸にならないか不安がよぎりましたが、腹式呼吸で乗り切りました。
次にレーザーをあてるための部屋に移動します。目がチカチカしょぼしょぼしているのになんで移動しなきゃならんのだ、と看護士に付き添われ隣の手術室に歩いて移動します。今度は目にレーザーをあてるのですが、目を開ける器具をつけられた上、まぶたにテープをはられます。また装置が顔に近づいてきたと思うと焦げ臭いにおいが・・・!「先生、目が焦げてるよ!」と何度も叫びそうになるのをこらえ、無事両目の手術が済みました。およそ20分くらいです。
トラウマになりそうな恐怖に耐え、やっと私の眼球に静寂が訪れます。座頭市のようによぼよぼ歩いて休憩室で20分ほど休みます。寝てはいけないと言われたのでただ静かに座って目を閉じていました。うっすら目をあけると、かなり霞んでいるものの、視力は上がっているようです。(つづく)
2007.01.01
初詣の願い事は3つまでしてもよいとの情報を入手したので、3つ目のお願いは「2007年こそは、金子賢が格闘家ヅラしませんように・・・」にしようと思います。
かつては試合後リングの上で大の字になって、感無量と言わんばかりに目に涙を浮かべて天を仰いでいた彼でしたが、今年も虫酸を走らせてくれました。今回のお相手は、もはや格闘家でもなんでもない「ボビーの弟」。「ぼびぃのおとうと」だそうです。視聴者を馬鹿にするなとは今さら言いませんが、金子賢VS押尾学のほうがまだ見所があったのではないでしょうか。チャンネルを変えると布施明が「イマジン」を高らかに熱唱している真っ最中で、八方ふさがりな気にさせられました。もう布施明のことがよくわかりません。
金子賢がリングの上に立っているのは、かつてのレコード大賞で、小野正利が歌うすぐ横で花束を抱える高田延彦の存在と同じくらい意味不明です。DJ OZMAの演出に抗議の電話をかけた人々は、もちろん金子賢の出演や秋山のヌメリにも抗議してくれたことでしょう。お願いだから前田日明よ、彼を半殺しにして・・・!との煩悩を掻き消すかのように除夜の鐘がなります。